スマホで三鬼と三郎

小脳を冷やすのはニンゲンだけと限らない。アオサギとて日々の糧を得るのに必死だ。必要とあらば大脳だって冷やすだろう。「三鬼と三郎」に取り組んで早い時期にこの句と写真を組合わせたことで視野が広がった。「寒水の魚を見てゐて返事せず」の句では、カワセミが水中の魚を狙っていて返事をしない。

『旗』

「私の俳句は、この句によって開眼した」とみずからいう三鬼の代表的な俳句。昭和10 年 11 月、肺浸潤の熱にうなされていたときの作品。写真の撮影場所は津山市上河原。吉井川支流の宮川から農業用水を取り入れるためにつくられた堰である。この流水で頭を冷やしたら気持いいだろうと思う。

『旗』

沖をみる猫、ウミネコである。三郎の故郷ではカモメと呼んでいたが、図鑑で調べるとウミネコだった。カモメに比べて長い嘴の先端に黒帯と赤斑があり、黄色い目の回りに赤い輪がある。この句に出会わなかったら一生ウミネコとは知らずにいただろう。
山形県鶴岡市にて。

『旗』

夏休みの間に病気になり、宿題がたまって泣いている少年。どこにも行けずにいる間、自転車に蔓草がからみついた。三鬼の解説「愚息は父に似て数学的頭脳を持ってゐない。宿題が出来ないで一人シクシク泣く。それは哀れであるし、父から見れば気の毒でもあった。」三郎なら宿題を手伝うが、三鬼は傍観している。

『旗』

瓢箪棚の下で三人の老婆が笑っている。最近夫と死別、若い頃に離婚、生涯独身とそれぞれ境遇が異なる老婆が「男」の話をしている。ぶらさがった瓢箪が「男」を連想させたからか。
京都府立植物園にて。

『旗』

アゲハチョウの幼虫だろうか？ 黒い芋虫を汽車に見立てたが、兵隊そのものにも見える。世の中が少しずつ、戦争に突き進んでゆく得体の知れない不気味さ。

『旗』

津山市の旧出雲街道にある、廃業した時計店の看板。「計」の字はとうに壊れたが、「時」の字は今も「時」として時を刻んでいる。
「銀座の百貨店で作った。青い林檎を一つ買ったのを覚えてゐる」（三鬼自註百句）

『旗』

蜘蛛の巣についた水滴が星座のように輝いている。眠っていた捕虜は処刑されたのか？ それとも帰還したのか？

『旗』

赤い魚に混じって、牛の頭のようなものが重なっている。何やら恨めしそうな表情なのは、針を抜かれ皮を剥がされたからか。売られているのはハリセンボン、沖縄名はアバサー。美味しいダシが出るのでアバサー汁は人気とか。南の国の市場の、皿の中は雪の町。
那覇市第一牧志公設市場にて。

『夜の桃』

「中年というのは凡そ何歳から何歳までをいふのか知らないが、一日の時間でいへば午後四時頃だ。さういふ男の夜の感情に豊かな桃が現れた。遠い所の木の枝に。生毛のはえた桃色の桃の実が。」（三鬼自註百句） あまりにも有名なので、手をつけにくい句。雑然とした夜景に、中華料理全国チェーン店の桃の看板がほの見える。中年を通り越した高齢の三郎が「桃」に抱く感情は食欲。

『夜の桃』

紅葉したモミジバフウの葉は雄鶏のトサカを想わせる。落葉の下で見事なミミズを捕まえたならともかく、何もなかったとわざわざいうところが可笑しい。「父掘るや芋以上のもの現れず」「潜り出て鮎を得ざりし鵜の顔よ」も同じことがいえよう。

『夜の桃』

2016 年 3 月、小樽に住む次兄・秀穂が亡くなった。葬儀に参列するため飛行機で向う途中に撮影。佐渡上空か、尾根に雪が残る。三郎の生家の海辺から春先に佐渡が見えたものだ。うっすらと雪をかぶって。

『夜の桃』

還暦を過ぎてから常時カメラを持ち歩く三郎。暗い朝、シャッターボタンを押して再生画像にすると時刻が表れる。カメラを時計代わりに使っていたが、次第に写真にのめり込んだ。ある日車で信号待ちをしていると目の前に黒豚がいた。正しくは「炎天を遠く遠く来て豚の後」。

『夜の桃』

「三鬼と三郎」の写真の大部分は、俳句に合わせて撮ったものではないが、この写真だけは例外と思われるかもしれない。案山子である。この句のために何者かが用意したかのような、近寄りがたい怖さがある。

『今日』

とある民家の軒先に鍋が置かれていた。その家の主婦が鍋を焦がして、とりあえず外に置いた感があった。時が経ち、鍋に雨が溜まってボウフラの住処となり、やがて蛙が集った。暑い夏だった。久しぶりに鍋を覗くと水はわずかで、ボウフラの悲鳴が聞こえた。三郎は水をなみなみと注いで満足した。この事実を主婦は知らない。

『変身』

たまたま持っていた写真である。津山城の本丸の石垣、右上に雲が少し見える。この句に合わせて撮影するなら、見事な積乱雲を狙うかもしれない。だが現代の男どもは妻の尻に敷かれて、たくましい父親は絶滅したかのようだ。三郎とて例外ではないが。

『変身』

ヒガンバナは通常の草花とは逆に、まず花が咲きあとから葉が伸びるという生態を持っている。花と葉を同時に見ることがないため「葉見ず花見ず」とも呼ばれる。内なる眼に映るは葉であろうか花であろうか。

『変身』

昭和35年、三鬼還暦の句。誕生日は5月15日。翌年8月頃から胃の調子が悪く、9月精密検査、10月に胃を切除している。父親が胃癌で45 歳で亡くなるなど癌の家系だ。五木寛之は三鬼について「性への執着の激しさ」（西東三鬼集）を指摘しているが、性への執着は生への執着でもあろう。「老斑の手を差し入れて泉犯す」という句もある。

『変身』

三郎の故郷、鶴岡の海岸風景。日本海に夕陽が沈む。これから冬にかけて季節風が吹き荒れ、海は白く泡立つ。鮟鱇や鱈の、網にかかる日が待たれる。

『変身』

「夏草」「細道」とくれば、いやでも松尾芭蕉を連想させる。観賞用に植えられるバショウは、熱帯を中心に分布するが耐寒性に富み、津山でも路地植えが可能だ。「おくのほそ道」において芭蕉は鶴岡で「あつみ山や吹浦かけて夕すずみ」という句を残した。芭蕉が生家の前の道を通ったであろうことが、幼時から三郎は誇らしかった。

『変身以後』

どんな著名な書家よりも、子どもが覚えたての字を一所懸命に書いた、その字が好きだ。娘が幼い頃に描いたこの絵を、三郎は仕事場に一年中かけて見飽きることがない。西東三鬼全句集に「子は入院妻は看護」とある。三鬼ひとり家で夜を過したときの句。（京大俳句 11）

『拾遺一』

原爆が投下されて街中の人間の皮膚がズルリとむけた街、広島。夜の広島で路傍の石に腰かけ、うで卵を取り出してゆっくり皮をむくときに頭の中に現われた句。（続神戸より） 未だに嗚咽する夜の街。 旅人の口は固く結ばれてゐた。うでてつるつるした卵を食ふ時だけ、その大きさだけの口を開けた。（三鬼自註百句）捨て置かれた卵パックにカラスが嘴を突っ込んで中味を啜ったのであろう、なんとも暴力的な行為。原子爆弾を投下するほどではないにしても。

『拾遺一』

住宅地の中に新しく道路ができることになり立退きになった家。熊手を「つかみそこねし」に関係づけて選んだ写真だが、よく見ると殺虫スプレー缶まで置いてあるのには驚いた。

『拾遺一』

馬鈴薯を植えた夜、なぜ女の鼾が高いのかわからない。わからないが、三鬼がそういうのだから、そうなのだろう。三郎は散歩途中の畑で、アート作品と見紛うオブジェとよく出合う。育苗用カラーポットを積重ねたのは何者だろう。できばえに満足したか、そしてその夜の鼾は高かったかは知るよしもない。

『拾遺三』