小脳を冷やし小さき魚をみる

水枕ガバリと寒い海がある

長病みの足の方向海さぶき

春夕べあまたのびつこ跳ねゆけり

松林の卓おむれつとわがひとり

微熱ありきのふの猫と沖をみる

白馬を少女瀆れて下りにけむ

手品師の指いきいきと地下の街

松の花柩車の金の暮れのこる

銅像の裏には青き童がゐたり

手の蛍にほひ少年ねむる昼

算術の少年しのび泣けり夏

緑蔭に三人の老婆わらへりき

友はけさ死せり野良犬草を噛む

笑はざりしひと日の終り葡萄食ふ

顔つめたしにんにくの香の唾を吐き

冬の園女の指を血流れたり

絶壁に寒き男女の顔ならび

兵隊がゆくまつ黒い汽車に乗り

巨き百合なり冷房の中心に

冷房の時計時計の時おなじ

月夜少女小公園の木の股に

機関銃腹ニ糞便カタクナル

砲音に鳥獣魚介冷え曇る

ぼうぼうたる地べたの捕虜を数へゐる

捕虜の国の星座美し捕虜眠る

兵隊に花が匂へば遠き顔

青の朝まばゆき虫と地に遊ぶ

雪の町魚の大小血を垂るる

巨きもの沼に潜めり青の夜の

曇日の毛虫が道を横ぎると

志賀直哉あゆみし道の蝸牛

薔薇を剪り刺をののしる誕生日

恋猫と語る女は憎むべし

中年や遠くみのれる夜の桃

昼三日月蜥蜴もんどり打つて無し

夜の秋欠伸のあとのまた暗く

秋風や一本の焼けし樹の遠さ

秋の暮遠きところにピアノ弾く

みな大き袋を負へり雁渡る

秋耕のおのれの影を掘起す

雄鶏や落葉の下に何もなき

枯蓮のうごく時きてみなうごく

露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す

柿むく手母のごとくに柿をむく

冬浜に老婆ちぢまりゆきて消ゆ

まくなぎの憂鬱をもて今日終る

卵一つポケツトの手にクリスマス

元旦を白く寒しと昼寐たり

大寒の猫蹴つて出づ書を売りに

大寒の松を父とし歩み寄る

地に消ゆるまで一片の雪を見る

死にし人とこの寒潮を見(おろ)しき

雑炊や猫に孤独といふものなし

寒鮒を殺すも食ふも独りかな

うぐひすや子に青年期ひらけつつ

子を思ひはじむ山中の春の沼

蕗を煮る男に鴉三声鳴く

ひげを剃り百足虫を殺し外出す

少女二人五月の濡れし森に入る

一列の崖の孤児から飛び出る尿

行列の嬰児拳を立てて泣く

びびびびと死にゆく大蛾ジヤズ起る

青蚊帳の男や寝ても躍る形

影のみがわが物炎天八方に

炎天を遠く遠く来て豚の前

炎天の少女の墓石手に熱く

墓の前強き蟻ゐて奔走す

墓の地に一滴の汗すぐ乾く

青柿の下に悲しき事をいふ

炎天の人なき焚火ふりかへる

ぼんやりと出で行く石榴割れし下

秋の森出で来て何かうしなへり

こほろぎの溺れて行きし後知らず

犬の蚤寒き砂丘に跳び出せり

酔ひてぐらぐら枯野の道を父帰る

春山を削りトロツコもて搬ぶ

野遊びの皆伏し彼等兵たりき

黴の家去るや濡れたる靴をはき

海を出で鍬をかつぎて農夫去る

狂女死ぬを待たれ南瓜の花盛り

晩婚の友や氷菓をしたたらし

秋雨の水の底なり蟹あゆむ

友の死の東の方へ歩き出す

赤蜻蛉分けて農夫の胸進む

豊年や松を輪切にして戻る

そのあたり明るく君が枯野来る

雪山に雪降り友の妻も老ゆ

仰ぎ飲むラムネが天露さくら散る

頭悪き日やげんげ田に牛暴れ

わが家より旅へ雑草の花つづく

濁流や重き手を上げ藪蚊打つ

翼あるもの先んじて誘蛾燈

耶蘇ならず青田の海を踏み来るは

鯨食つて始まる孤児と医師の野球

書を読まず搗き立ての餅家にあれば

人を焼く薪どさ〳〵地に落す

菊咲かせどの孤児も云ふコンニチハ

病者起ち冬が汚せる硝子拭く

病者の手窓より出でて春日受く

五月の地面犬はいよいよ

犬臭く黄麦や渦巻く胸毛授けられ

肺強き夜の蛙の歌充ち満つ

昼寝の国蠅取りリボンぶら下り

敗戦日の水飲む犬よわれも飲む

歩く蟻飛ぶ蟻われは食事待つ

無花果をむくや病者の相対し

何処へ行かむ地べたの大蛾つまみ上げ

歩くのみの冬蠅ナイフあれば舐め

父掘るや芋以上のもの現れず

対岸の人と寒風もてつながる

ボートの腹真赤に塗るは愉快ならむ

斑猫(はんめう)が光りゴム長靴乾く

梅雨はげし百足虫殺せし女と寝る

夏涸れの河へ機関車湯を垂らす

低き細き噴水見つつ狂者守る

飛行音に硝子よごるる北の風

硬き土みつめて寒の牛あるく

薄氷の裏を舐めては金魚沈む

クローバに青年ならぬ寝型残す

若者の汗が肥料やキャベツ巻く

梅雨明り黒く重たき鴉来る

鉄板に息やわらかき青蛙

暗く暑く大群衆と花火待つ

黒みつつ充実しつつ向日葵立つ

ぱくと蚊を呑む蝦蟇お嬢さんの留守

旅毎日芙蓉が落ちし紅き音

あとかたもなし雪白の田の昨日(きのふ)

泥濘のつめたさ春の城ゆがむ

あかつきの鶯のあと雀たのし

考へては走り出す蟻夜の卓

春園のホースむくむく水通す

五月の地表より光る釘拾い上ぐ

恋過ぎし猫よとかげを食ひ太れ

父のごとき夏雲立てり津山なり

梅雨烈し死病の兄を抱きもせず

梅雨去るとき全き円の茸立つ

眼帯の内なる眼にも曼珠沙華

石工若し散る石片が秋の花

案山子ならず拳で顔の汗ぬぐう

雌が雄食ふかまきりの影と形

未完成の船の奥にて白息吐く

上向く芽洗濯の足袋みな破れ

胡瓜もぎ噛みて何者かと語る

蛇の卵地上に並べ棒で打つ

金魚浮き時を吸ひては泡を吐く

西瓜切るや家に水気と色あふれ

骨のみの工場を透きて盆踊

満月下ブリキの家を打ち鳴らす

みずすまし遊ばせ秋の水へこむ

鶏頭の幹も鶏頭ねぢれ立つ

かまきり立つ若く貧しき山遊び

雪ちらほら古電柱は抜かず切る

風呂場寒し共に裸の油虫

春山にひらく弁当こんにやく

黒し黒蝶となり青沼にくつがへる

晩夏の音鉄筋の端みな曲り

大乳房ゆらゆら刈田より子等へ

死者生者共にかじかみ合掌す

寒の鳥樹にぶつかれり泣く涙

初日さす蓮田無用の茎満てり

亡者来よ桜の下の昼外燈

木の椿地の椿ひとのもの赤し

牛の尾のおのれ鞭打ち耕せる

田を植うる無言や毒の雨しとしと

岩に爪たてて空蝉泥まみれ

つめたき石背負ひ開拓者の名を背負ふ

赤黒き掛たうがらしそれも欲し

汽車降りて落穂拾ひに並ばんかと

一波に消ゆる書初め砂浜に

刈株の鎌跡ななめ正月休み

生ける枝杖とし春の尾根伝ふ

笑ふ漁夫怒る海蛇ともに裸

潜り出て鮎を得ざりし鵜の顔よ

安定所の冬石段のかかる磨滅

天の国いよいよ遠し寒雀

蝿生れ天使の翼ひろげたり

強き母弱き父田を植ゑすすむ

けもの臭き手袋呉れて行方知れず

舐め癒やす傷やぼうぼう木の芽山

種まく手自由に振つて老農夫

筍の声か月下の藪さわぐ

夜が明くる太筍の黒あたま

巨大な棺五月のプール乾燥し

棒に集る雲の綿菓子秋祭

ゴリラ留守の炎天太き

ゴムタイヤ老斑の月より落葉一枚着く

ひつそりと遠火事あくびする赤子

どくだみの十字に目覚め誕生日

薔薇に付け還暦の鼻うごめかす

暑き舌犬と垂らして言はず聞かず

炎天に一筋涼し猫の殺気

海から誕生光る水着に肉つまり

秋の暮大魚の骨を海が引く

木の実添へ犬の埋葬木に化れと

死の軽さ小鳥の骸手より穴へ

少年を枝にとまらせ春待つ木

初蝉や松を愛して雷死にし

薔薇の家犬が先づ死に老女死す

夏草の今も細道俳句の徒

父と兄癌もて呼ぶか彼岸花

入院や葉脈あざやかなる落葉

病院の中庭暗め秋の猫

煙立つ生きて帰りし落葉焚

降りつもる落葉肩まで頭上まで

ひよどりのやくざ健やか朝日の樹

秋の夜の壁に見あかぬおさなき絵

静養期子と来て見れば汽車走る

野菜買ふ妻を待つなり子とわれは

少年工走れよ朝の驟雨くる

秋の午後屋上に少女その父と

寒い橋を幾つ渡りしと数ふ女

夕風や毛虫たゆたふ道の上

広島や卵食ふ時口ひらく

ひげを剃り小さき畑を秋耕す

夜の雪立退く家をつつみ降る

秋の蚊をつかみそこねし女の手

寒き手や人の歯を抜き字を書かず

何の花火犬もあるけば税に当る

屋上に病者の凧の糸短かし

河に水満ちて流れて年あたらし

春の夕日生殖断ちし家つつむ

梅雨鴉わめきておたまじやくし散る

世の寒さ傘の柄なれど握り締む

植ゑし田に映り最も父小さし

老斑の手を差し入れて泉犯す

速い汽艇修学旅行満載し

うちそとに虫の音満ちて家消えぬ

睡蓮にひそみし緋鯉恋いわたる

葱坊主みな黙り立つ朝の雨

紅梅や今宵はかつら脱ぎたまへ

めつむりてひげそられをり十二月

寒月に我を放れて尿輝く

寒水の魚を見てゐて返事せず

不安の春花粉まみれの蜂しざり

女の鼾高し馬鈴薯植えし夜は

菜の花遠し貧者に抜きし歯を返す

土筆食ふ摘みたる人に見られつつ

朝桜病者に生れ来て貧し

曼珠沙華咲けるわが家に旅終る